「消えた??チビッコ・ボクシング大会」

 DIV(4)<Experiment on……>

「……ッシュ! ……ッシ!」

 バンテージを巻いたシャドー少年に、私の目は釘付けになっていました。

 小学5年生ぐらいでしょうか。ミニバスケ用?と思われるランニング形のシャツ。

サッカーの赤い三本線もまぶしい白い短パン……。

 少年たちの大半が(ジム名も入った特注の)ボクシング・ユニフォームなのに、

彼は奇妙な異種目ウェアの組み合わせでした。

 まあ、冷静に見渡せば、確かに"この手"のユニフォーム姿が何人か散見されます。

……バイオレットのバスケ・パンツの少年も向こうの方にいたりして。

 リングで闘っている低学年の子や中学生ぐらいの少年は全てボクシング・ユニフォーム。

なのに、"この手"のウェアを着ているのは、小学5、6年生ばかりなのです。なぜか……。

 

 しかし、私が目を奪われた少年は……、この会場内でも飛びぬけた"美"を誇っているようです。

 ほのかな幼さを漂わせるハンサム顔。日焼けなど知らないような白い肌。痩せてはいましたが、

瑞々しい筋肉が貼りついています。ほどよく耳にかかるサラサラした髪が、シャドーで揺れて……。

 間違いなく「スポーツ美少年」の称号を与えられてしかるべきで!

 蒸し暑い体育館で、私の乾いた喉が、「ぐっ」と鳴ります。

 この子が……。こんなに端正な顔の少年が。あと数分後には、

容赦無い殴り合いのリングに放りこまれるのです!

 

 と……。無心にシャドーを続ける少年に、大柄なジャージ姿が近寄っていきます。

コーチなのでしょうか。言い聞かせるように、少年に何度も同じ響きの言葉をぶつけています。

シャドーを急に止めた少年は、まっすぐにコーチを見上げながら……。

「ハイッ! ……はイッ!」とその言葉に返事を繰り返しています。甲高い声で。

 

 私は胸をドキドキさせて、体育館隅の彼だけを見つめていました。

背後では拍手と歓声が沸きあがっています。さっきまでの低学年同士の試合が終わたのでしょう。

が……。

 どちらが勝ったなど、もうどうでもいいことで……。

私の心はハンサム君……おそらくはサッカー少年に、完全に奪われていたのです。

 艶を帯びた真っ赤なグローブが、コーチによって丁寧にはめられていきます。

自らの手に"武器"が授けられていく様をジッと見つめるサッカー少年。

シャドーの時に時折見せていた「やんちゃな」表情は完全に消えています。

 これまた鮮やかな赤のヘッドギアが被せられて。

引き締まった彼の眉に宿る感情は、どちらかといえば……恐怖。言い知れない身震いに近いような。

「よしッ!!」

 ヘッドギアの紐をまとめ上げたコーチが、彼の華奢な肩をポンと叩き、立ち去っていきます。

戦闘準備完了ということなのでしょうか。

バスケットボール用のシューズとハイソックスもハンサム君の美しさに彩りを添えて。

 入念に屈伸と腿上げを始めるサッカー少年。

 闘いの場となるリングを見つめ、気分を高揚させているようです。

試合を前に"いつものように"体をアップさせるスポーツ大好き少年……。

 それはそれで、健気さが私を喜ばせているのですが……。

 

 私の心では、言い知れない不安と残酷な期待が広がっていたのです。

 

「この子……。こんな美少年なのに。ボコボコに打ちのめされるんじゃないのか??」

 

 少年が行っていたシャドーは、動きこそ敏捷でしたが、なぜか一つのパターンしかなかった。

それにこの独特のユニフォーム姿。

まるでサッカーの試合でも始めかねない足ばかりのウオームアップ。

不慣れなヘッドギアを直すしぐさ。

 

 ……憶測すれば、

 「君、サッカーも上手なスポーツマンなんだって? こんど、ジムに来ないか?

ボクシング、面白いよ」

と誘われた口なんじゃ……。

 それも、基礎的な練習も浅いまま、今日の大会を迎えたような感じがしてなりません。

なにしろ、年に一度しかない"チビッコ・ボクシング大会"です。

コーチも早まって出場を強行してもおかしくはないでしょう。

「実力はともかく、試合度胸を見てみたい」と思って。

 

 リングでは次の試合がスタートしていました。

中学生ぐらいの少年が、壮絶な撃ち合いを繰り広げています。

さすがにトレーニングを積んでいるのか、会場の大人たちから、コンビネーションが決まるたびに

「おおっーー!」と感嘆の声が上がっています。

 それを見つめるサッカー少年の表情は……。

 

 凍り付いていました。

 重量感のある中学生のパンチが、互いの頬を削り合っている試合に。

 サッカー少年の対戦相手は、リングの向こうにいるのか、まだ確認することはできません。

それが余計に少年の不安を掻き立てるのか……。

彼はグローブでしきりに……サッカーパンツの前面をこっそり触って……。

 無理もないでしょう。激しい接近戦を演じている中学生の試合が終われば、この次は……。

次は自分があのリングに立つのですから。

 どんなに殴られようと、ロープに囲まれ逃げ場のないマットに、

その子鹿のような足で立たなければならない。サッカーやバスケとは違い、たった独りで。

 

 抑えこまれていた残酷な欲望が、私は心の中で破裂する音を聞いた気がします。

 たった今。

 目の前のグローブを付けたサッカー少年が、

シャドーも、真新しいハイソックスの足の動きも止めて、リングを前に呆然とする姿を凝視する私。

 

「美少年が徹底的に打ちのめされる様を見てみたいだろ?」

 

 いきなり私の肩に乗った悪魔が小さく囁きます。

 

「それに……。あの坊や、可哀相に実験体に決まってるじゃん。だって見ろよ」

 指先を無意識に震わせる私に、見えない悪魔は続けます。

「あの正面の看板……」

 気にも留めなかった体育館ステージの看板には、こう書いてありました。

 "第X回XX(府県)チビッコ・ボクシング大会、主催:XX(府県)アマチュア・ボクシング連盟"。

「そ、それが……。どう……」

 肩に乗っていたはずの悪魔はもう姿を消していました。私が尋ねようとした時には。

 その代わり、私は気が付いてしまったのです。

 いま、恐怖と不安にうち震えるサッカー少年が、数年後には「高校2年」の学年にあたることを。

 数年後にXX府県で開催されるのは……。

 国体!

 ローカルTVのニュースで、決り文句のように「ジュニアの育成が急務の課題です」

とスポーツ報道に加えられる、あの忌まわしい国体。

 いままで下位に低迷する競技種目でさえ、「なぜか優勝してしまう」異様なスポーツ大会……。

 

 そうか。

 そういうことだったのか……。

 

(つづく)

 

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