第十六話「揺れる美少年ボクサー」

翌朝になった、目がさめて驚いた『なんでこんなところに…』

すぐに昨日のことを思い出して嫌になった。

隣を見るとKくんの姿がない『トイレにでも行っているのかな?』

僕はベッドから起き上がると洗面所に行った、体…やっぱり痛い…

『あっ!Kくん…』僕は目を疑った、洗面所の鏡に向かってKくんは

シャドーボクシングを…僕は気づかれないように病室に戻って寝たふりをした。

朝ご飯、2人ともよほどお腹が空いていたのかあっという間に平らげた。

昨日のダメージは強烈でまた2人ともお昼まで眠ってしまった、そして午後も。

例の看護婦さんが「ねえ、2人とも髪の毛洗わない?あたしが洗ってあげる!」

自慢の長い髪の毛、そう言えば血のりでバリバリに固まっていた…

「はい!いいわよ!じゃ乾かしてあげる!」看護婦さんはヘアブラシを出して2人の

髪の毛を丁寧に乾かして整えてくれた。

「2人とも凄く可愛い感じね!今度試合があったら応援しちゃおうかな!」「…」

夕方、会長と例の後援おばさんが見舞いに来た、

「2人ともだいぶ良くなってるな、大事な顔が台無しだったもんな!」「…」

「先生も心配ないって言ってたぞ!またこいよな!」「…」

「昨日は2人とも頑張ったもんね!またプラカードボーイ頼むわね!」「…」

「2人のためにまたトランクスカッコイイの新調しなくちゃな!」「そうね!」

2人は笑いながら病室を出て行った。

「ねえ、Kくん?」「なーにKENNちゃん?」

「また、ジム行くの?」「うーん…」

次にお見舞いにきてくれたのはMくんだった…

「KENN、K!具合はどうだ?」「心配しなくていいって、先生が…」

「良かったな!俺も前にKOされて顔凄くなったことがあったけど1週間ぐらいで治っ

たかな?」「えっ?Mくんも?」Kくんが驚いたように聞き返した。

「俺だって最初は負けてたんだ、悔しくてな!でも勇気みたいなのが出てきてよ!」

「お前らも昨日頑張ったもんな!」「まあ俺だってパンチ食うのはやだけどな…」

「そうだよね…」僕は笑って見せた。

「お前ら絶対強くなるよ、また来いよ、待ってるぜ」

Mくんは僕の肩を叩くと少年雑誌を置いて帰っていった。

Kくんが僕に「ねえKENNちゃん?もう一度試合しろって言われたら怖い?」

「うん、少し恐いな…」「そうだよね、でも…」「?」

「ちゃんとした試合なら…」「う…うん…そうだね…」

直接Kくんと話したことはないけれど、絶対にKくんだって「変だ」と思っているはず

なのに…、僕はあの短いトランクスを見た瞬間から感じていた…そしてそれはその通り

だった。Kくんも僕も「その手」のことについては敏感になっていた。電車で痴漢され

たり、遊んでるところをよく写真撮られたり、おじさんに待ち伏せやつきまとわれたり…

でもKくんは純粋にボクシングを…

次の日は学級委員の2人がノートを持ってやってきた、『あんなに内緒にしてって…』

僕らの顔を見ると少し驚いた様子で、男子のSくんが「大丈夫か?」って…

「まさか2人がボクシングなんてな…」「そうね!でもカッコイイかな!!」

女子のYさんが話しに割って入って来た。眩しそうに僕らを見つめるYさん…

しまいにはKくんや僕の髪の毛を撫で始めた…「2人とも意外な感じだけどボクサー姿、

似合いそうだもん」今度は処置した傷口を撫でた…

秀才タイプのSくんはつまらなそうな表情になった…

「じゃ!早く学校来てね!」「ゆっくり治しなよ…」対照的な言葉で2人は出て行った。

何となく僕にはSくんの気持ちがわかるような気がした…

入院も3日目、僕らはすっかり元気になって身体を動かしたくてウズウズしてきた。

看護婦さんにKくんがおねだりしたのは「縄跳び」だった…「さっすが!ボクサーちゃん!」

どこから調達してきたのか看護婦さんは縄をもって来た。「トレーニング再開ね!」「…」

2人で中庭で縄跳び…片足ずつ交互に、息を吐き出しながら…

久しぶりに見るKくんの半ズボンとハイソックス…縄跳びで揺れる艶やかな長い髪…

『可愛いなぁ…』

縄跳びが終わるとKくんは僕にファイティングポーズをとった。

スローモーョンのように僕に右ストレートをのばすKくん!

上半身を動かしてよける真似、左フックをKくんに…

「あーん!」Kくんは両腕を僕の脇に入れてクリンチ!

思わずKくんの背中をギューっと…「KENNちゃん…」「Kくん…」

何だかおかしくて2人とも笑い転げた。

その日はクラス大勢でお見舞いにやってきた。

なんと体育担当のH先生まで一緒だった。この先生だ、僕たちに「バンビ」っていう

あだ名をつけたのは…

最初は男の子達にさんざんからかわれた、でも、昨日と同じ、いやそれ以上に女の子た

ちは僕ら2人に物凄く優しかった…

つまらなそうな男の子達、「しかしメチャメチャにやられたんだな!」

からかうようにガキ大将のMが…すると

女番長?のN子が「お前ね、こんなになるまで2人とも試合したんだよ」

「全力で戦ったからこんなになったんじゃないか!」

「お前なんかこうなる前に一発でKOされんじゃない?またあたしにやられたいか?」

Mはシュンとなった。「ごめん…そうだよな・・!」

N子が聞いてきた「でも、相手はどんな奴だったんだよ?」

僕は本当のことを話した。N子の表情がこわばった…

「そうか…無理ないな…あいつら特別だからな…」みんなも静かになった…

「お前らほんと!見直したよ、根性あるな!」

H先生が「2人とも運動神経いいから強くなるかもな!」「…」

帰り際に少年野球のエースSくんが「おいKENN?今度の日曜平気だろうな?」

すっかり忘れていた…大切な野球の試合があるのを…

スイミングスクールの試合も…

そして…2人ともまだ少し顔が…でも学校に行くことにした。

Kくんの額には白いガーゼが…

何事もなかったように2人は学校で…クラスの仲間もいつもどおりに…

僕は日曜日の野球の試合にも…監督にボクシングのことをこっぴどく怒られた…

スイミングスクールのコーチには「喧嘩をした」ことにした…

やっぱりメチャメチャに怒られた…でも本当のことを言えばもっと…

いままで内緒でジムに行っていたのだから…

そして次の土曜日が迫ってきた。

「KENNちゃん、今度で最後にするから付き合って、ジム…」

Kくんの表情が…今まで見たことのない…

      続く

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