小説

アトランティスの少年


by charlie kosugi

序の章

ギリシャ本土より西へ200キロ、ピレウス港から

のフェリーで約4時間の航海で、デロス島を中心と

して環状に連なる、キクラデス諸島に到着する。 

その南の端に、観光地としても名高いサントリニ島

がある。 南北に半円状をなし、面積70平方キロ

ほどの小島だが、円弧状の海岸から300メートル

の急峻な崖が屹立するその魁偉な島容でよく知られ、

観光クルーズが必ず立ち寄るところだ。 紀元前

4000年紀には人が住み始め、2000年紀ごろ

に青銅器文明の時期に入り、 エーゲ海文明のひと

つの中心になっていた。 もともとは中央に火山を

持つ円形の島であったのだが、紀元前1500年ご

ろの大噴火により、島の半分が吹き飛ばされ、当時

の文明は完全に崩壊し、今日の半円状の島は火口

カルデラが海中に陥没して出来たものである。

  20世紀に入ってから考古学的発掘が行われ、

島の東南部から火山灰に埋まった大きな遺跡

(テラの遺跡)が発掘されている。 古代ギリシャ

の哲学者プラトンは、その著書の中で、失われた

超古代の島アトランティスについて述べている。

  プラトンによれば、このアトランティスは大陸に匹敵

するような大きな島で、今日の大西洋中に存在し、

そこには高度な文明が栄え、その勢力はギリシャにまで

及ぶ大帝国が成立していたが、突然の大災害でアトラン

ティスは海底に沈み、その文明も失われたというので

ある。 大西洋Atlantic Oceanの語源となったのだ。

  しかし、人類がなんらかの文明を成立させて以来、

ひとつの大陸を消滅させてしまうほどの大災害が

起こったとは極めて考えにくい。 プラトンの記述が

単なる空想ではなく、ひとつの事実とするならば、

  アトランティスの位置はもっとギリシャ本土に近く、

しかも規模の小さい島なのではないか。 こうした

推論から、ここで述べるサントリニ島こそが

アトランティスなのではないかと、考えられはじ

めている。 サントリニに住んでいた人たちが、

どういう人種であったのかは、よく分かってはいない。

また、どういう言葉を話していたかも分かってはいない。

想像するところ、小アジアから渡って来た海洋民族が

ギリシャ人と混血したのではないか、また、彼らが

残した文字は大部分未解読ではあるけれども、線形

文字が2種類、絵文字が1種類発見されていて、

そのうちのひとつ、線形文字Bが20世紀の中ごろ

英国の言語学者ヴェントリスによって解読され、古代

ギリシャ語が書かれていることが判明している。

また、テラの遺跡の発掘により、多数の壁画が発見

され、これの観察から、当時の人々の容貌、服装、

生態等々が明らかになった。 特に有名な壁画に、

兄弟と思われる2人の美少年が向き合って拳を

あわせている、Boxing Children と呼ばれる作例がある。 

1600BCころの制作と考えられ、約100年後、1500BCころに

町は火山灰に埋まってしまうから、その後3500年間、

彼ら美少年ボクサーの雄姿は、人の目に触れることはなかった。

これは現在、アテネの国立考古学博物館に収蔵

されていて、筆者チャーリーも実見している。

これから語られるのは、この壁画を題材として、

筆者の自由な発想による、古代の少年ボクサーの

物語である。



サントリニ島出土の壁画「ボクシングをする少年たち」

第1章

早朝の冷気の中で、13歳のティノ少年は目をさました。

 「寒いなあ」・・・石造りの屋敷の1室、やはり石を積んだ

寝台の上、敷き藁と羊の毛皮があり、防寒には十分だが、

なにしろ全裸なのだから。 当時の少年の風俗で、

衣服はつけていない。 下半身もそのまま、ただ、

腰に帯を1本巻いている。 陰部も露出したままだ。

まだ、13歳だもの。 でも、起きたての身体は元気

いっぱい、下腹部の秘所も力強く起ち上がっている。

「よし!」ティノは跳ね起きた。 健康な少年だ、

力も強い。 そのまま部屋を飛び出し、中庭を抜け、

外へ走り出す。 裸足のままだ。 オリーブ林の坂を

駆け下り、泉に身を投じる。・・・・ザブン・・・・

いっぺんに眠気が覚める。 抜き手をきってしばらく

泳いだ。 ここは海に取り巻かれた島国だ。 

人々も皆すぐれた漁民、船人で、水には慣れきっている。

 少年たちも幼いころから水泳に親しみ、泳ぎがうまい。

 ひととおり泳ぐと、岸にあがり、水気をきり、

体を動かす。 ティノはいい泳ぎ手だけではなく、

すぐれたボクサーでもある。 同年配の少年たちの

なかではずばぬけて強い。 何人もの力自慢の

少年が闘いを挑み、たちまちのうちにティノの足下に

倒れ伏した。 身体が乾くと、ティノは自分の身体を

眺めてみた。 すらりとした長身、色白の大きな目を

した美貌、優しい顔つきの町一番の美少年だ。

前髪を残して頭を青々と剃り、後頭部には長い

弁髪が背中にまで伸びている。 裸のままで拳を

かまえてみる。 長い手足、二の腕には筋肉が

逞しく盛り上がる。 股間の陰茎はまだ幼いが、

ようやく萌えだした陰毛がもやもやと、青年への

第一歩だ。 「そろそろ腰布をつけなくちゃなあ、

母様が作ってくれているんだろな」 ふたたび

泉には入り泳ぎ出す。 「兄ちゃんもう起きたのか」

一つ違い12歳の弟のネミだ。 「なんだ寝ぼすけ、

早く泳げよ」「うん」 兄弟の父親は町の首長、

だから彼ら兄弟は王子なんだ。 ともに首飾り、

腕輪、足首にも飾りの輪、豪華な装身具を身に

つけている。 ネミもかわいい。 首長の自慢の

男の子たちだ。 長兄はすでにこの世にはいない。

 知力ともに優れ逞しく美しい若武者だった

長兄ロトは、昨年の隣町との戦いで壮烈な

討ち死にをとげている。 付き従っている雇従の少年

たちも勇敢に戦い,みな若殿に殉じた. 今となっては、

次男のティノが大事な跡継ぎなのだ。 

この島には南と北ふたつの町がある。

仲が悪く、常に争いが絶えない。 土地の境界争い、

水争い、それに漁業の縄張り争い。 戦いのたびに

大勢の人が死んだ。 去年の戦いは特に凄まじかった。

たくさんの兵士が出て、青銅の剣で渡り合って

斬り死にし、ティノたちの南の町では、

首長の跡取りロトを失い、北の町では首長の弟が殺された。

その恨みは未だ人々の心に残り,争いはさらに激化しそうだ.

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兄弟ふたりは泉から上がった。 水気をきり,身体を乾かす.

オリーブ林に戻って,実をつまむ. 食事にはまだ早い.

「おいネミ,拳闘の稽古はしているか?」「うん,やってるよ.

もう兄ちゃんには負けないからね」「なにお,よし,試してやる,

かかってこい 負けて泣くなよ」「兄ちゃんこそ・・・」ふたりは

向き合った. 素手で拳をかまえる. 「さあ 来い! ネミ

お前が先だ」「よしきた,兄ちゃん行くぞ」 パッ・・・ネミの

拳が飛んでくる. ティナの顎に入った. ウッ・・・思わず

のけぞるティナ. 「こいつ」 体勢を立て直し,今度はティナの

強打がネミの口に.「うふっ」 ネミがよろめく. しかし,ネミは

倒れない.上体を崩しながらも,ネミのパンチが下から突き上がる.

今度はティナがよろめく. 「やったな!」 あとは美少年ふたりの

激しい殴り合い,色白の顔を赤く染め,「クッ ウッ ウッ・・・」

はげしい息遣い,苦しげなうなり声. ティナの渾身の一撃が

ネミのかわいい顔を襲う.倒れこむネミ.「おい しっかりしろ」

ネミを助けおこし,泉の水で顔を冷やす. 手当てをしながら,

向き合って座り,顔を見合わせて,「うふふ・・・ふふふ」

 酷い顔だなあ 思わず笑ってしまった. 「おい ネミ,

お前本当に強くなったな」 「うん そうだろ,だけど,

兄ちゃんには敵わないよ」 「オレたち,強くならなきゃなあ お前,

兄様のご最期のこと,覚えているか?」「忘れるものか,

憎い北の町の奴ら」 「そうだ,あいつらはオレたちの

カタキなんだ」 「だから,鍛錬を続けて,町を守り,母様を守ろうぜ」

坂を登り,屋敷へ帰って行くふたり. 「ティノさま,ネミさま,

おはようございます」「あれ,もうひとしきり,拳闘のお稽古ですか」

臣下の少年たちだ.「あいつらの兄貴たちも,去年の戦いで討ち死に

したんだな」「・・・・・・・」屋敷に帰ると,爺が待っていた.

「若,お帰りなされ お父上がお呼びです」

(続く)