大隅ジムの子供たち

 

 …あの時の事は、今でもはっきり思い出せる。

 確かに、微妙なところで記憶はかすれてはいるけど、あの時の事は、僕の中に強烈な印

象を残しているから。

 あの時、あの出会いが無かった僕を、高校生となった僕は想像すら出来ないから。

 自分の運命が明確に変わり、動き出した瞬間を自覚出来ている僕・星野聖は、ひっょと

したらものすごく幸せなのかもしれない。

 

 

 

               第一章 桜花と出会いと

 

 

「おらおら、なんかとか言ったらどぉなんだ、えぇ!?」

「さっさとたてよ、ガキぃ!!」

 押し寄せてくるのは、激痛と敵意、恐怖と嘲笑。

 桜の樹の下に小さく縮こまっている僕を、学制服姿の5人が蹴り、殴ってくる。

 理由なんて分からない。僕はただ、図書館に行こうとしてこの人たちの横を通り過ぎよ

うとした、ただそれだけだった。

 でも、何が気に入らなかったのか、『態度がムカつく』と5人の中の1人に言われ、近く

の公園に無理矢理に引っ張ってこられ・・・こうして、一方的にイジメられている。

 公園なのだから、横の道路を誰かが通るはずだし、助けてくれても、そうでなくとも人

や警察を呼んでくれてもいいはずなんだけど、ひどい話、誰も助けてくれる気配は無かっ

た。

 けど、僕自身、それを『当然だ』と考え始めていた。だって、もしもイジメられている

のが僕以外の人で、僕に助けを求められても…きっと、学生服の人たちが怖くて逃げ出し

てしまっていたと思うから。

「オラ立てよ、いつまでもイモ虫やってんじゃねぇよっ!!」

 ぐい、服の襟をつかまれて、無理矢理立ち上がらされる。顔をかばっていた両腕が、2人

の学生服によって左右に引っ張られると、当然の事なんだけど学生服が3人いた…残り2

人は、腕を掴まえて桜の樹に僕を押さえつけてる。

 3人のうちの1人が僕の前に立ち・・・直後、ボコォッという音が頭に直接響くのと、

目の前が真っ暗になるのが同時に襲ってきた。

 顔の左側に押し寄せてくる物凄い痛みと、目の前に浮かぶ白い星たち・・・ああ、殴ら

れたんだな、と、その時僕は妙に冷静に自分の状況を観察してしまっていた。

 その後はもぉ無茶苦茶で、ほとんど憶えてない。

 かろうじて憶えている事といったら、お腹や顔を何度も殴られ、両足を蹴られ、1人が

疲れたら別な人(僕の腕を押さえてる人とか)に交代し、その人がまた僕を殴る・・・その

繰り返しで、当然のように鼻血が出た事ぐらいだった・・・《その時》までは。

 

 

「そいつが何かしたのか?」

 不意に聞こえてきたその声に合わせたかのように風が吹き、桜の花びらが舞う。

 僕の正面…学生服たちの後ろに、真っ黒な姿の男性が立っていた。

 『マトリックス』は僕だって観に行った。その主演であるキアヌ・リーブスを思わせる

かのような、真っ黒なロングコートにサングラス。

 ただ、コートのデザイン的に…というべきなんだろうか、その姿はキアヌ・リーブスと

言うよりも『真っ黒なシャーロック・ホームズ』と言った方が近いかもしれない…帽子は

してないし、

サングラスのレンズも真っ赤と言う、とんでもない姿だけど。

「…そいつが何かしたのか?」

 学生服たちに無視されて再び、黒コートの人が聞いてくる。

「・・・あぁ? なんだオッサン、何か用かよっ!!」

「そいつがどんな理由で殴られてるか、それを聞いてる」

「おっさんにゃあ関係ねぇよ、さっさと消えろよ」

「・・・理由を教えてくれないか?」

 学生服たちの警告を平然と聞き流すかのような、黒コートの人の問いかけ。その態度に

ムカついたのか、学生服たちの1人(1号)が僕に背を向け、黒コートの人の前に立った 。

「…オレたちムカつかせるような事してくれたんだよ、それ以上理由なんてねぇよっ!! 」

 学生服1号の、見上げるような視線の脅迫。背丈的には同じぐらいなんだけど、学生服

1号は両手をポケットに入れ、前かがみになってる分、実際の身長では黒コートの人の方

が高い。

「具体的に教えてくれないか…5人がかりで、そこまでリンチする『ムカつき』の原因っ

てのを、具体的に」

 言葉づかいこそ丁寧だけど、態度表情は思いっきり冷たく、学生服たちの態度に怒りす

ら感じているのが、僕にもはっきりとわかる。

 その視線が僕の方に向けられた時、僕は思わず首を左右に振っていた。

「…何もしてないと、言ってるみたいだが」

「てめぇには関係ねぇだろうが・・・さっさと失せろよ、あんただって痛い目見たくねぇ

だろ、そぉだろ?」

「・・・具体的に教えてくれ」

 ふたたびの学生服1号の警告を無視して、黒コートの人が冷たくたずねる。

「あぁん…退屈しのぎだよっ、俺達が退屈でヒマしてん所を通り過ぎた、それ以上の理由

なんてねぇよっ!!」

 その言葉に、僕は泣き出しそうになった。自分たちが退屈だからと、僕は殴られ、蹴ら

れたと言う滅茶苦茶さに。

「…んな、そんな理不尽な理ゆっ」

「うっせぇガキっ!!」

 息が、突然苦しくなった。黒コートの人が現れる事で暴行が止み、呼吸が落ち着いたん

だけど、言いきる前に思いっきりお腹を蹴られたからだ。

 桜の樹の根本に思わず崩れ落ち、見上げるように、すがるように黒コートの人の方を見

ると・・・学生服1号が、左側に殴り飛ばされてた。

 

 

「て、てめぇオッサン、俺達にケンカ売ろってのかよ!?」

 僕のところに学生服が4人いて・・・その中でも位置的に黒コートの人に最も近い2号

が、黒コートの人に向かって叫んだ。

「…言葉を間違えるな。喧嘩を売ってきたのは貴様らの方が先だ、それに・・・」

 言いながら、黒コートの人がゆっくりと前に、僕たちの方へと歩いてくる。

「理不尽な理由で暴力を振るってたんだ

 理不尽な理由で暴力を《振るわれろ》クズども」

 その言葉に、てめぇとか叫びながら2号が黒コートの人に殴りかかっていった。けど、

黒コートの人はその右パンチをわずかな動きで外側に避け、自分の右パンチを学生服2号

のお腹に打ちこんだ。

 ズボォッ、と言う鈍い音と共に、学生服2号の両膝が崩れる。何かを言う暇も与えず、

黒コートの人の右パンチが今度は顔面に炸裂し、2号が右側に倒される。

「ざけてんじゃねぇぞてめぇ…」

 僕の前に立っていて、さっき僕を蹴った学生服3号と、僕の腕を左右で押さえつけてい

た4号と5号が、黒コートの人をニラみつける。

 その時、どうやらもう僕に興味が無くなったのか、4号と5号は僕を押さえていた両腕

を離してくれた・・・とはいえ、殴られ、蹴られまくった僕には、ダメージの為に逃げら

れず、桜の樹の根本にずるずる崩れ落ちるしかできなかったけど。

「…ふざける? 何がだ? 退屈でムカつくから、貴様たちはそこのガキに暴行を行った 。

 その貴様らの態度がムカつくから、俺は貴様らを殴る・・・ふざけてるのは貴様らの方

だ」

 どこまでも冷たい黒コートの人の言い方。その態度に、僕からは背中を見せている3号

は、多分ヘラヘラ笑っているような感じで、黒コートの人に対峙した。

「へっ・・・俺達のバックにゃ《夢幻騎兵》がいるんだぜ、それでもやろぅて・・・」

「たかが五十そこらの三下暴走族・・・恐れるがごとき憂学騎士団にあらず」

 静かに、けど間違いなく怒りをこめて、黒コートの人が前へ・・・僕たちの方へ歩き出

す。

「そぉかよ、けどなぁ・・・」

 僕ですら怖く感じる黒コートの人の態度を、3号は余裕で聞き流している・・・よく見

ると、黒コートの人の後ろで、最初に倒された1号が立ち上がろうとしていた。

「うしろっ・・・」

 僕が叫ぼうとするのと、1号が立ち上がって襲いかかろうとするのが同時だった。

 ジャキジャキッっと言う音とともに、銀光が僕の目に飛び込んでくる。

 折り畳み式の警棒がうなりを上げて襲い掛かる。

 けど、黒コートの人はそれを予期していたようにあっさりと、流れるようにその攻撃を

避けてみせた。けど

「へっ・・・これで4対1だ・・・殴られた分は、百倍にして返してもらうぜ、慰謝料こ

みでよ」

 避けられて前のめりに数歩歩き、1号が黒コートの人に振り返って言った。気がつけば

、他の3人は扇形に広がりながら、バタフライナイフやスタンガンまで持ち出してる。

 ・・・勝てるわけがない。僕は素直にそう思った。

 黒コートの人も含め、5人の体格はほぼ同じ。ただでさえ人数差があるのに、学生服た

ちは武器まで持ち出してしまっている。勝てるわけがない・・・そう、思えた。

 けど、黒コートの人はその脅しを平然と聞き流していた。

 そして、左手の中指でサングラスの位置を直すと、そのままの流れで髪の毛をかきあげ

、右手を、左右の手をゆっくりと、やや広げた形で目線の高さで固定し、告げる。

「拘束制御術式開放  オールハンデット・ガンパレード

  ・・・行くぞ貴様ら  豚のような悲鳴を上げろ」

 風が舞い、桜の花びらが舞う中で告げられる、どこまでも冷徹な、怒りをこめた声。そ

れは、黒コートの人の、宣戦布告だった。

 

 4対1の戦いは、実にあっけなく、あっさりと終わったように、僕には思えた。

 戦いは、本当に一方的に終わってしまった・・・僕の予想を裏切って、だけど。

 4人に襲われたのに、黒コートの人は学生服たち全ての動きが見えるかのように、当た

るか外れるかのギリギリの所で避けて、的確に、物凄い速度のパンチで殴っていく・・・

踊るように。舞うように。僕の耳には、黒コートの人が何か歌っている、そのつぶやきも

聞こえていた。

 ・・・強い。素直にそう思えた。それも、単にケンカの技が強い、と言うだけではなく

、暴行を受けていた見ず知らずの僕を助けてくれるような正義感と優しさ、学生服たちが

持ち出してきた

暴走族の名前にもひるむ事のない、真っ直ぐな心の強さも持ってる。

 あまりの実力差に、学生服5号が僕を人質にとって・・・と思ったみたいだったけど、

黒コートの人はその考えをとっくに読んでいた。

 5号が僕の前に来ようとする直前、僕の目の前が真っ暗になる・・・黒コートの人の背

中が、僕の前にあった。

 ばきぃっ、とすごい音がした。続いて、何かが倒れる音。黒コートの人の背中、その横

から見えた5号の姿は、倒れて、鼻を押さえたものだった。

「失せるがいい・・・自力で帰れるよう、手加減はしてやったのだから」

 物凄い強さを僕や学生服に見せ付けておいて、まだ手加減したと言う。ずい、と黒コー

トの人が前に出ると、迫力負けした学生服たちが後ろに、公園の外側に下がっていく。

 それがしばらく続いて、黒コートの人が公園中ほどまで行った時、その右手が胸の高さ

まで上がる。ぶんっ、と横に振ると、学生服たちは僕や、黒コートの人への最初の態度が

嘘だったかのように、完全におびえた様子で、おお慌てで逃げ出した。

 

 公園に、静けさが戻ってきた。

 黒コートの人はそれでも、警戒でもしているのか、しばらく公園の外の方へ目をむけて

いたけど、やがて、警戒を解き、肩を落して僕の方へ向きを変えた・・・瞬間。

 

 ひときわ強い風が吹いて、公園内に桜吹雪が舞う。

 ピンク色の嵐の中に立つ、黒いコートの影。

 雄々しくて、でもとても自然で・・・けど、どこかさびしげなものを感じさせる姿。

 その対比はまるで、1枚の絵の様な見事さだった。

 僕のいつか、この人のようになれるのだろうか?

 見ず知らずの僕を、体を張って助けてくれるような優しさと、脅迫をはね退ける心の強

さ。人数差をさを物ともしない体と、相手の動き全てを見切るかのような頭脳・・・その

全てを兼ね備えた、この人のように。

 ゆっくりと、黒コートの人が僕の方へ歩いてくる。

 助かったと言う安堵感からか、僕は急に全身から力が抜けるのを感じて・・・黒コート

の人が優しい微笑みを浮かべてくれたのが見えたのを最後に、完全に気を失ってしまった 。

 

 ・・・この時が、僕・星野聖と黒コートの人・秋月彰さんとの、ずっと後になっても思

い出せる、初めての出会いだった。

 

                                    ・・・続 く

読み物に戻る

トップページに戻る