夏の日の思い出

 

第二話 お祭り学園生活

 

昨日、うちのクラスに東京から純って奴が転校して来たんだ。

色白のひょろっとした体でいかにも都会育ちって感じの奴なんだけどさ、

うちに来るなり、俺の秘蔵ビデオを見つけて借りて帰るようなすんげぇ

スケベ野郎だったんだよな。

そのくせ勉強はできるんで、あのあと宿題全部写して貰ったんだよな!

あっちの小学校じゃあ進学塾に行っていたとかいうだけあって、もう国語も

算数もとにかく問題解くのが早くてびっくりしちまった。

家はまだ教えてもらってないんだけど、近くだって言ってたから今日辺り

遊びにでも行くかな。

もしかしたら通学班一緒なのかも知れないけど、俺って毎日ゲーム攻略とか深夜番組

とかで忙しくて夜更かしとかしてっから、マトモにみんなと一緒に通ったことないん

だよな。

それにしても、アイツが来てから、何だか学校行くのが楽しみになったな。

今日は水泳あるし、給食の献立はビーフカレーだし、そういうこともあるのかも

しれないけどな。

 

教室の後ろのドアから入ると、おっ、いたいた!!

今丁度、ランドセルから教科書やノートを机に入れながら、クラスのみんなと

何か話してるみたいだ。

「おーっす!!」

後ろから首に抱き着いてやると、純はびくっと背中を震わせてから振り向いて

「り、力丸か〜・・・・・びっくりしたじゃん!!」

「アッハハハハハハ、悪い悪いっ!!」

そう言いながら俺も机の横にランドセルをかけて、みんなと一緒に東京の

話を聞いて回った。

あっちじゃ小学校に制服がないことや、毎日塾に電車で通ってて、その電車も

数分おきに来ることや、山の手線に乗っても目は回らないことや、とにかくコイツの

話は面白い。

 

「ハイ、それじゃあ朝の会始めるわよ、みんな!」

ちぇっ、もう先生来やがったよ。

つまんないの。

それからクソ暑いのにもかかわらず、時間割り通り俺の嫌いな算数と国語の時間があって、

どうにかそれをやりすごしたらいよいよ水泳だ。

「なあ、お前水泳得意なのか?」

「いや、普通ぐらい。泳げないわけじゃないけどさ・・・・」

ああああっ!!!!コイツ、俺様のサイン、消してやがる!!

「純!!お前・・・・・サイン!!」

「・・・・・・だってぇ。お風呂入ったら消えちゃうじゃん!!」

「るせぇ!!お前、昨日の言葉覚えてるよな!?」

えっへっへっへっ、よくもこの俺を怒らせたな・・・・・・・。

たっぷりとその代償を払って貰うぜ、純ちゃ〜ん!!

「ひえ・・・・・」

俺は純の足下をすくうと、尻餅をついたところをすかさず両足首掴んで

電気アンマを見舞った。

「うぎゃあああああああああ!!!!!!」

もう、狂ったような純の叫び声が教室中に響く。

「やめろよ西野!」

そう声をかけたのは、学年一の優等生でサッカークラブで女子からもモテモテの

学級委員長、健一。

当然、鬱陶しいので裏拳一発で軽くあしらい、小ウルサイ女子の罵声なんか完全

シカトでお仕置き続行。

点数稼ぎにええかっこしいがシャシャってくんなようぜえ。

「ごっ・・・・ごめんなさいっ・・・・・僕が悪かったです力丸様ぁ〜〜!!」

ったく、ここまで言われちゃしょうがねえな、武士の情けで許してやるか。

ま、俺んちは代々農家だからそんなの関係ないんだけど、そんなものは気分の問題だ。

「分かったよ、あ、今度やったらさっきの3倍やるからな!」

「ひぃ・・・・」

純は両手で押えながらしばらくその場でトントンとジャンプしながら、えぐえぐ泣い

ている健一の方を心配そうに見ている。

ったくお人好しだな純は。

こういう、親や女子に気に入られる演技がうまいだけで調子コイて学校のアイドル気

取りの勘違い野郎はこういう扱いが一番いいんだよ。

4年の時のこいつなんて、クラスのイジメを『あいつ気にいらない』つって自分で率

先してやがったからな。

心底根性腐ってやがる。

大体、コイツの母ちゃんっていうのが、これまたPTAとか何かの会長で、先生たちも

ヘラヘラご機嫌取りに必死だし、そういうわけであからさまにえこひいきされてんのが

最高にムカつくんだよ。

だから何か、自分はまるで、選ばれた特別な人間だみたいな思い込みがあって、その

せいか態度の一つ一つが何か偉そうなんだよな。

大体、コイツときたら新学期始まってすぐに、浅○舞の極秘ビデオをダチ数人とダビ

ングして回していたのチクりやがったからな。

いつか徹底的にボコって身の程教えてやろうと思うけど、どうせコイツのことだから、

さも俺が悪者みたいなチクりをして回るんだろうな。

まあ、こんなクズの話をしていても胸クソ悪くなるだけなのでこれぐらいにして、

そんなことより純だよ。

「オイ純、さっきの効いたろ!」

「うっ・・・うん、死ぬかと思ったぁ〜!!」

「そりゃそうだろうな、今までアレやって泣かなかった奴いねえもん、なあ健一?」

健一はまだ鼻を押さえてひいひい泣いている。

やっぱり、『自分はモテる』とか勘違いしてる野郎には顔面攻撃が一番だな。

と、また女子の叫び声。

ったく何だよ、と思ったらクラス一のチビ、圭介が全裸になって机の上で

踊ってるだけじゃねえか。

いやあ、クラスに一人はプールの時間になるとやるやついるよな。

一緒になってげらげら笑っていると、純の奴、唖然としながらそれを見ているだけ。

「何隠してんだよっ!!」

俺は一気に、純の腰に巻いていたタオルを一気に足首まで下ろしてやった!

純は一瞬、はっとしたような表情で自分に何が起こったのか分かってないみたいな

顔をしてから、わっと両手で押さえると、その場に慌ててしゃがんだ。

教室の後ろで着替えていた女子の、黄色い叫び声。

理恵も瑞樹も綾佳もさくらも由紀も、びっくりしたような顔しながら、ちゃっかり

見てやんの。

何だかんだ言っても、そういうの女子も好きなくせに、どうしてそういうのギャアギャア

言うんだろ。

カッコつけんなって思うよな。

すっぽんぽんのまま、半泣きになりながら俺を見上げる純。

何だよ、たかが裸見られただけじゃんか、それで減るもんでも、人類が滅亡するわけ

でもあるまいし。

「ひっ・・・・ひどいよ力丸ぅ〜!!」

「ったく、それなら俺だって、ほらぁ!!」

俺はそのまま自分もパンツを脱ぎ捨てると、純の裸に付き合った。

「そういう問題じゃなーいっ!!!!」

じゃあどういう問題なんだよ、コイツ、訳がわからねえ。

大体、女の前で裸になれないなんて絶対おかしいって、そんなことじゃ大人に

なった時に色々困ることがあるんだぞ、と純に言うと、

「大人になってもそんなことしてたら手が後ろに回っちゃうよ!」

とへらず口。

 

それにしても、やっぱりプールは気持ちいい。

「純、50mぐらい泳ぎきれっ!」

やっぱり東京育ちってヤワだよなあ、ターンしてから急に勢いが落ちた。

「頑張れ、ゴールはすぐそこなんだよ、あとちょっとだぞ!」

プールサイドで思わず立ち上がって応援しちまう。

「圭介、浩、みんなで応援しようぜ!」

「おうっ!」

周りの奴らにも声をかけて、みんなで大声で純を夢中で応援する。

「ゴール!!」

「やったぁぁぁぁ!!!!!」

やっぱり、ダチのこういうのって、自分のコトみたいに嬉しくなるよな!

思わず飛び回って、声が枯れるんじゃないかってぐらいにはしゃぎ回ってしまう。

金属製の手すりに捕まって、息を切らせてプールから上がってくる純は、

苦しそうな顔だったけど、やっぱり喜んでるみたいだ。

「やるじゃん、純!」

みんなで純を囲んで大騒ぎ。

「何だよ、水泳、普通にできるって言ったじゃん、ハラハラさせんなよ!」

「あははは、実は50m泳ぎ切ったの、今日が初めてだったんだよね・・・・・」

駄目じゃんそれ!

「でも、何とか泳げたのは力丸やみんなのお陰かな。ビリだったけどね」

「そんなことねぇよ、純、一生懸命で俺・・・・・・」

浩が言うと、みんな口々に

「そうだよ、そんなのさあ、こっちに来てひと夏、海で毎日泳いでたらいくらでも

泳げるようになるさ!」

「よーしっ、じゃあ次、中村、西野、沼田、浜岡、法月!」

次は俺の番だ!

 

ザブンとプールに一気に飛び込むと、真っ青なプールの水をすり抜けてくのは本当に

気持ちがいいし、今全力出しとくと給食が抜群にうまいからな。

ザバッ、と上がると、いつものように先生が一番だったと教えてくれた。

ブルブルブルッ、と体を振るうと

「わわっ、力丸っ、犬みたいなコトすんなよっ!」

と純。

「気にすんなよ、どうせすぐタオルで体拭くんだから!」

「も〜!!」

 

それからチャイムが鳴って、みんなで教室に戻る。

「にしてもさ、プールの前のシャワーって、どこの学校も冷たいんだね」

「あっははは、アレどうしてなのかな、水道の水はヌルいのにな!」

「アレは異常だって、ワザと冷やしてるのさ!」

そんな話をしながら制服に着替えて、4時間目の社会も終わって、いよいよ

楽しみにしている給食の時間だ!!

班ごとに机を合わせると、丁度純とは机が隣同士になる。

「純、それ要らないなら貰うぞ!」

「ああっ、何すんだよっ!!」

鶏のから揚げを一切れ素早く奪うと口の中に。

こういうのは『早い者勝ち』なんだよ。

「僕のから揚げ〜!!」

「るっせぇな、ケチケチすんなよ!」

ふくれっ面の純の向いに座っていた由香里がすかさず、

「先生〜!西野君が矢島君のから揚げを取りました!!」

何なんだよお前。

目に見えるコトはみんな担任に言わないと気が済まないのかよ。

由香里はいつもこうで、はっきり言って、俺からしたらストーカーみたいな

感じだ。人のやることなんかいちいち監視してんなよ気持ち悪い。

結局、2杯カレーをおかわりしてすっかり満腹になったけど、どうして学校給食の

カレーってこんなにうまいんだろうな。

給食のおばさん、というか隣のクラスの英一んとこのおばさんがいうには、

料理はチャーハン以外一度に作った方が旨いって話なんだけど、本当に

そうなのかな。

で、ついてたサラダは純と強制トレードしてやって片づけたし、

午後の授業は寝るだけだ。

 

「怒るなよ、純〜!!」

帰り道、純は小学校からの坂道を降りる間中むくれて口を利かないまんまだ。

困ったな。

あんなことぐらいで怒るんだもんな、都会から来た奴っていうのはやっぱりこういう

ところが厄介なんだけどさ。

「・・・・・・別に怒ってないけど?」

ちらっとこっちを見て純。

俺は水着の入った黄色いナイロンバッグを蹴りながら

「はっは〜ん、着替えの時のコトだろ!」

「・・・・・・それもあるけど。」

やっぱり怒ってんじゃん。

「バカかお前、前にも言ったろ、男っていうのはな、自分の裸にゃ自信持ってなきゃ

駄目なんだよ!」

「だからってあんなことすることなかったじゃないっ!!」

と、後ろから圭一と良太たちが駆け寄ってきて、

「よ〜!!純、探したぜ、俺たちも一緒に帰るよ!」

と後ろからしがみついてきた。

「わわっ!!」

これでちょっとは雰囲気良くなったかもな。

 

「あんなことぐらいで照れてんじゃねぇよ、純!」

良一は、帰り道の脇にある自分ちの畑の夏ミカンをもぐと、みんなに手渡して

「これでちっとは機嫌直せよな〜!!」

「・・・・・うん」

やっぱり良一んちの夏ミカンは最高だよな。

形はそんなに良い方じゃないんだけど、こいつが段ボールに詰められて近くの

県に送られて、スーパーに並んでいるっていうのがこいつんちのちょっとした自慢

なんだよな。

まだちょっとおしりが青いところが残ってて、まだちょっと苦味が抜けなくて

酸っぱいんだけど、ここらへんの男はそんなことなんかちっとも気にしない。

とびきりの夏ミカンのお陰か、純の機嫌はやっと戻り始めて、

「でもさぁ、都会の奴って成長早いのかなぁ・・・・・恥ずかしがるようなんでも

なかったよな、実際」

げらげら笑いながら圭一がいうと、純はまた押し黙ってしまった。

「そういう問題じゃないってば〜」

「そういう問題なんだよ、こっちじゃさ!なあ、それより、みんな家に一旦帰ったら

圭一んち集合!!また泳ごうぜ〜!!」

俺がそう言うと、みんな「おう!」と返事して、それから流れ解散。

 

「純の家ってここなんだ?」

何のことはない、純の家は俺と同じ町内で、通学班はやっぱり俺と一緒でやんの。

そういや、新築の家ができてるなと思ったらここだったのかよ。

ねずみ色の壁の2階建ての結構しゃれた家なんだけど、

「じゃあ、制服から着替えたら早く出てこいよな!」

「うん、分かった。ちょっと待っててね!」

それからしばらくして、私服に着替えた純が自転車に跨がると、

「うっし、じゃ俺んちまでレッツゴー!!」

「え〜っ、二人乗りって法律で・・・・」

「細かいコトはいいから早く早く!!」

俺は荷台に飛び乗ると、一気に俺んちまで全速力。

梺が黒い入道雲は今日も背が高い。

 

(3話に続く)

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