夏の日の思い出

 

第7話  闘い終わって夜が明けて

 

だるい。

興奮して気がつかなかったのか、それとも時間差できちゃったのか、

昨日の打ち身とか、筋肉痛とかで全身が痛い。

「オラ、朝だぞ?起きろ!」

ユサユサと体を揺り起こされて、やっと意識が現実に戻っていく。

そうだ、今日は力丸のお兄さんの部屋で寝ていたんだっけ・・・・・・・。

ふと目を開けると、お兄さんの顔が目前にあって、思わず小さく声をあげた。

お兄さんはニヤッと笑うと、

「オッス、変態少年!いっや〜、昨日はすごかったねぇ?」

・・・・・・・その呼び方やめてください。

っていうか、誤解が誤解を呼んで力丸兄弟にはとんでもない奴だと思いこまれてしまっ

たようだ。

これはどう覆したらいいんだろう?

というか、やっぱり下着姿で寝るのっていうのには抵抗があった。

いつもはお母さんが毎日アイロンでピシッと皺を伸ばしてくれたパジャマを着て

寝てるからな・・・・・・。

時計は6時をちょっと回っていた。

ふと姿見で僕を見ると、細くて中途半端に日焼けした僕の体が、更に青白く照らされ

てちょっと弱々しかった。

「・・・・・・・・もうその話はやめてくださいっ!」

「あっはははは、それもそうだな!うし、メシ行くぞ〜!」

そういうと、お兄さんは力丸の布団をガバッとはぎ取ると、

「オイ、いつまで寝てるんだ!!」

 

それから3人で歯磨き。

「口にしみるから歯磨きつけない方がいいぞ?」

「あ、はい・・・・・・」

そう言いながら、お兄さんは制服に着替えると、適当に何か食べ物を鞄に

入れてから、

「オレ、部活だから学校行くわ。じゃあな!また来いよ!?」

「あ、ハイ!!」

「っと。そうだ、純にはコレやるよ!」

「えっ?」

僕がきょとんとしていると、

「ほら・・・・・昨日の晩、色んないきさつとか力丸とかから聞いたじゃん?

それでお前こんなことになったわけだし。可哀想かなって思ってさ。」

白いプラスチックケースには、Fフィルム社製の何の変哲もないビデオテープに、

『ザ・ノックアウト せいきのたいけつ』とだけ書いてあった。

・・・・・・・・お兄さんも漢字弱いのかよ!!!

っていうか・・・・・・・高1でコレはちょっとヤバいだろ・・・・・・・。

いや、それ以前に高校として、いいんだろうか、そういう人が入れるのって。

「それ見て勉強して、俺みたいな男に成長しろよっ!」

「あ、ありがとうございます!」

「へへっ、素直だな、お前!じゃあそろそろ行かないと、先輩にどやされちまうから!」

そういうと、お兄さんは玄関に駆け出した。

 

「純くん、もう帰るん?」

力丸のお母さんが洗いものをしながら僕に聞く。

「あ、はい!お世話になりました!」

僕がおじぎをすると、

「純くん、これだけは言っておくわぁ。純くんはおとなしくて礼儀正しくて、

ホントエエ子ぢゃけど、嫌なことは嫌って言うていかんと、心によくないよ?」

「あ・・・・・はい!!」

「おばさん、お昼過ぎには診療所終わるから、それから送っていこうか?

おばさん、一緒に怒られてあげるわ」

「いや、いいです!僕、自分でちゃんと話します!」

そうだよ、僕はもう、嫌なことは嫌って言える男になるんだ!

いつまでたっても、お母さんや友達の言いなりになって楽に生きる生き方は

もうやめなくっちゃ!!

僕がそう答えると、

「そう!頼もしいがぁ!エエことじゃ!おばさん、応援しとるからな!」

とにっこり笑ってくれた。

 

洗濯物はもう、すっかり乾燥機にかけられていて、それに着替えると、

力丸に別れの挨拶をしようと部屋のドアを開けた。

「うわっ!?」

ノックもせずにドアを開けたのが悪かったんだけど・・・・・・・。

「この野郎、ノックぐらいしろよな〜?へへへへへ・・・・・」

「ご、ごめんよ〜・・・・・・・」

そんなに堂々と構えられると、何かこっちの方がすごい恥ずかしい・・・・・・。

力丸はズボンを腰まであげると

「もう帰るのか?」

「うん・・・・お母さん心配するし。じゃ、また月曜日学校でね!」

「そうか・・・・・・何か、お前がうちに来て、何か弟ができたみたいで

嬉しかったよ・・・・・・」

何言ってんだよ、同い年なのにさ。

「でも、こっちも何ていうか・・・・・、僕、お兄さんとかいなかったからさ・・・」

そんな話をしばらくしてから、荷物をまとめると、

「じゃ、そろそろ帰るね!」

「途中まで送らせてくれよ!」

「うん!」

何だかんだいろいろあったけど、力丸とすっかり仲直りできたからそれでいいか。

「じゃ、ここらで俺・・・・」

「うん、ありがとね!」

小さくなっていく力丸にいつまでも手を振りながら、僕は家に戻った。

 

家に帰ると、お母さんは不思議と何も言わなかった。

きっと、もう言うことをきかなくなってしまった僕のことなんかどうでもよくなって

しまったのだろう、そう思った。

「純、お帰り」

お父さんが広げていた新聞をテーブルに置くと、

「随分派手に暴れたんだな」

と苦笑した。

「お母さん、怒ってるでしょ」

おそるおそる聞くと、

「それなんだけど、昨日の晩、お父さんの方からきっちり話しておいたよ」

「えっ・・・・・?」

お父さんは、僕の顔をじっと見ながら、昨日、うちで何があったのか話してくれた。

追い返されたお母さんが、帰るなりわめき散らしていたこと、僕の育て方について、

お父さんをものすごくなじったこと、そしてお父さんがそれに激しく反論して、

大喧嘩になってしまったこと。

夜遅くまで怒鳴りあって、お父さんがかなり厳しく、これまでのお母さんの

ことを責めたてたこと。

結局、お母さんはまだどうしていいかわからない、ということらしいけど、

僕はそれでもいいと思ってる。

お母さんがどう言おうと、僕はもうちゃんと、自分の考えはきちんと言うつもりだから。

僕は、お父さんにありがとうとだけ言うと、自分の部屋に戻った。

それから、またベッドに横になってから、こっちに来てからのことをずっと

思い出していた。

 

トントン、とドアがノックされた。

「純、入っていいかしら?」

「・・・・・・・お母さん?・・・・・・・いいよ」

声には元気がなくて、ちょっと心配なぐらいだった。

お母さんは、すっかり疲れ切った顔で僕の部屋に入ると、ベッドに座ってから、

「お母さん、今どうしていいかわかんないのよ、正直・・・・・・」

と深いため息をついた。

「いいんじやない?お母さんは僕のことを思ってくれていたんでしょ?」

お母さんは、目にうっすらと涙をためながら頷くと、

「ならもうそれでいいよ。その代わり、僕にもやりたいことはちょっとはやらせてね?」

お母さんに一度にいろいろ求める事は僕もしない。

自分がそういう事やられて嫌だったから。

転校を機に、僕も、僕の家族も何か変わったような気がする。

お父さんはうちによくいるようになったし、お母さんもちょっとは僕のことを

本当に考えてくれるようにはなったと思う。

まあ、これからなんだけどね。

それから家族みんなで、力丸の家でどせんなことをしていたのか話した。

本当の友達がこっちでできて嬉しかったこと、これからも勉強は頑張ること。

それからまだ分からないけど、私立の中学校は遠いから受験したくないことも

とりあえず話しておいた。

受験はするし、合格したらそっちに進学はすると思う。そのための勉強もちゃんと

していきたい。

「へえ。力丸君のお兄さんってK高なんだ?」

お父さんが苦笑していると

「うん!ボクシング部で頑張ってるんだって!」

「へ〜・・・・あそこは全国レベルだからなぁ・・・スポーツマンなんだなぁ。

今度、力丸君とそのお兄さん、遊びに連れて来なさい。今度はこっちにお泊まり

させてあげよう!」

「うわっ、本当!?」

「ああ!どんどん友達連れてきなさい!」

と、そのお兄さんからビデオテープをプレゼントされていたのを思い出して、

「そうだ!」

と、それをそのまま、リビングのビデオデッキに入れた。

「これ、気持ちだからって!これ見て勉強しろって!」

和也はお菓子を台所から持ってくると、それを食べながら僕の横でテレビの画面を

食い入るように見つめていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

次の瞬間、僕ら一家は全身硬直してしまい、一切の言葉を失った。

・・・・・・・・・僕、学習能力ゼロじゃん・・・・・・・。

「・・・・・・・お父さん・・・・・・・・」

「・・・・・・・ああ・・・・」

そういうのがやっとで、家族の団らんを根底から破壊し尽くしたそのビデオテープは

お父さんが没収してしまった。

おっ・・・・・・お兄さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!

せいきのたいけつ、ってこういうことかよ、小学生かあんたはっっっっ!!!

 

 

「オイ西野、コレ、この前の試合のヤツじゃん?」

「へ!?」

「ほら、お前がS高とやった奴。頼んでおいた小室○里の引退ビデオじゃないじゃん!」

「・・・・・・・・・・・・・。し、しまったぁああああああああああ!!!!!!」

 

それから数時間後、お兄さんと僕の両親は涙の対面をしたのは言うまでもない。

さ、最低だ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!

 

       (とりあえず完)

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